人生は様々だ。「旅の途中」というのが、異郷に住むすべての人々に共通する心情であろう。
この十年あまり、北海道から沖縄まで、日本のあちこちを旅して歩いた。だが、記憶のフィルムにもっともはっきり焼きついているのは、京成電鉄金町線の小さな駅 、柴又である。
駅前には、ややかしげた帽子、いつも持っている革のかばん、そしてスーツには不釣合いな草履を身に着けたあの像が建っている。何度もこの記憶のふるさとを訪れ、そのたびに彼の肩をたたいて「寅さん!」と懐かしく声をかけたものである。
華人の世界でも知らない人のない喜劇映画シリーズ「男はつらいよ」の主人公、寅さんのふるさとがここ、葛飾柴又である。日本列島を周遊し、放浪の人生を送った寅さんの無数の旅の起点がここなのだ。「もう帰ってこない」と毎回決心するのに、毎回行き詰って戻ってくることになる。ここは寅さんのやすらぎの港であり、温かい休息の宿なのである。柴又の風が、一回また一回と吹いて、故郷を離れた放浪者の胸に広がる憂いと悲しみを慰めてくれる。
初めて柴又を訪れたあの朝、深い霧がたれ込めてまるで桃源郷にいるようだった。少し歩いただけで、寅さんのふるさとのさまざまな表情や雰囲気が記憶の深いところに刻まれる思いだった。
帝釈天参道は、有名な草団子を初めとして、江戸時代からの飲食店が軒を連ねており、食べる楽しみを与えてくれる。柴又帝釈天は古くゆかしい寺院で、すばらしい木彫が回廊を飾っている。山本亭は1500坪の巨大な、和洋折衷で古いものと新しいものを兼ね備えた庭園である。寅さん記念館には、主人公だけでなく、彼の出会った多くの美女たちの服装も展示してある。矢切の渡しは、東京23区で唯一の船頭による渡し舟であり、寅さんも何度となく乗っている。
ふと思い立っては何回も柴又を訪れているが、何回訪れても飽きることがない。映画と現実、虚構の人物と現実の市民……ここはぬくもりと懐かしさのあるところだ。歌うような泣くような旋律と共に、ゆっくり、ゆっくりと歩いていこう。寅さんのふるさと――葛飾柴又を。 |