数年前、サンプリングされた音楽に合わせて鋏を振るうRAKASU PROJECT.のステージを初めて観たとき、その非凡な才能に驚嘆した。数台のパソコンと何丁もの鋏と何種類もの紙を意図して使い分けながら作り出す音は、五線譜の音楽を聴きなれた平凡な感性に衝撃を与えた。

電子音響音楽家。だが彼女にしてみればそれも正しくない呼び名かもしれない。「今のところ」と付け加えた方がより正しい。というのも彼女が究極的に目指しているのは、この世界に存在するありとあらゆる物から音を作り出すということであって、コンピュータは一つのツール、彼女の全てではないからだ。 【取材・執筆:平田久美】
11月23日に行われた六本木ヒルズでの彼女の講演は「ラップトップミュージックの可能性」−THE POSSIBILITIES OF LAPTOP MUSIC−についてだった。今夏、慶應義塾大学が行った「デジタルアートアワード2007」−DIGITAL ART AWARDS 2007−の授賞式における記念講演に招聘されてのものだ。進歩し続けるデジタル技術の可能性を拡大していけるような若き才能を発掘するために、2001年に創設された学生のためのコンペティションは今年7回目を迎えた。

ラップトップパソコンに内蔵されているセンサーを利用し、パソコン本体を傾けたり振り回したりして演奏する「tele “BOOK”min」−テルブックミン−、パソコン本体に光を当てることにより演奏する「te “Light”min」−テライトミン−(いずれもRAKASU PROJECT.による命名)は、デジタルミュージックの範疇に留まらない革新的な演奏法である。人々は彼女のパフォーマンスを実際に体験するまで誰一人そのイメージを思い浮かべることができない。通常、コンピュータ音楽とは、入力された音楽情報を演奏するものだが、彼女はコンピュータ外部から光や振動などの物理的刺激を与えることによって演奏するのだ。懐中電灯やペンライトに反応して、もしくは天井のライトに反応してパソコンが音を出す様は前衛的でありながら一種幻想的でもある。今まで誰も考えつかなかった演奏手法を目の当たりにして私たちは一様に驚嘆するのである。

もともと音楽の教師でもある彼女の強みは単に音のみの抽出に留まらない。あらゆる音が五線譜を超えた音楽となって表現されるのだ。RAKASU PROJECT.の音楽が、機械的でありながらどこか人間味のある音色を含んでいるのは、さまざまな要素を含んだ彼女の音楽的な経歴によるものかもしれない。

共作のCD
共著の著作
生来非常に病弱だった彼女は「箱入り娘」スタイルであった。小学校1、2年の頃にはピアノを習う事になったが、中学校1年の時長期入院となり、院内学級で過ごさなければならなくなった。転機は退院してからの親友たちとの出会いによって訪れる。親友たちの発案により中学2年にしてラジオ番組を制作したり同人誌を発行したりと活発な表現活動への扉が開かれて行く。彼女は番組のテーマ曲と効果音を担当していて、彼女の才能は既にその頃から芽吹いていたのである。

そして高校へ進んだ彼女をこの世界へ誘う出来事が起こる。世界的に有名な作曲家、坂本龍一氏との出会いである。坂本龍一が選曲した投稿作品を集めて制作されたレコードにRAKASU PROJECT.として作品が採用され、アーティストとしての彼女の名前が認知されるようになる。そのアルバムには「テイ・トウワ」「槇原敬之」なども参加している。しかし、この時彼女が在籍していたのは校則の厳しいミッション系の女子高であり、レコードを持っているのが見つかると、取り上げられるほど。決して本名を知られてはならない彼女はこの時から「RAKASU PROJECT.」となったのである。

革新的な表現ツールとなったパソコンとの出会いは広島大学時代に遡る。子供好きの彼女はこの時幼稚園や小学校の先生を目指して、「音響音楽」ではなく五線譜の音楽を楽しんでいたのだ。その彼女を自分本来の居場所である音響音楽へと引き戻したのは、恩師と仰ぐゼミの先生の部屋にコンピュータが置いてあったことに始まる。すっかり夢中になった彼女は連日ゼミの部屋が閉まるまで入り浸るようになる。後で分かったところによれば、この先生は坂本龍一氏の大学の先輩でもあった。

この間もラジオやコンテストへの投稿は続けており、次第に「RAKASU PROJECT.」の名前は知られて行くようになる。そして大学院へ進んだ彼女はモントリオールで行われた電子音響音楽の世界的イベントに参加して、自分の音楽への更なる目を見開かされるのである。その影響を受けて制作した実験的な電子音響音楽作品は東芝主催のコンテストで入賞する。砂利の上を歩く音をベースにした作品で後に「東京国際美術館」で展示もされている。

しかしこれまでの活動が順風満帆だったわけでは決してない。音楽をすべて辞めようと思った時期もあった。その彼女を救ったのは偶然という名の必然がもたらした数々の出会いによってだった。各方面で活躍するアーティストたちとの共同作業により、彼女の方向性は次第に形づくられていったが、一方でまた高校生との出会いが教師としての自分を再認識させることになったという。

最も革新的で前衛的な電子音響音楽の世界にいる彼女の精神的なバランスの良さは、最も根源的な人間らしい哲学に基づいているようだ。教師でもある彼女は「私の基本は教師であること。若者たちと触れ合うことが大好きだし、教師としての自分があってこそアーティストとしての自分とのバランスが取れる。」と言い切る。彼女の夢は世界中の音を自分の五感のすべてで体感し、そこから自分の電子音響音楽の更なる可能性を見出して行くことだ。

五線譜に書けない電子音響音楽の旗手はキラキラと将来への夢を語る夢追い人でもあった。彼女なら世界中の音を自由自在に操れるのではないかと思えてくる。電子音響音楽の本家はフランスであるので、もちろんヨーロッパへの興味も尽きないのだが、実は彼女の大学時代の第二外国語の選択は「中国語」である。

アジアへの興味も尽きない。彼女はその計り知れない可能性の芽をいたるところで開かせ、若者たちへの刺激剤としての役割を見事に担うだろう。アーティストとしての自分を存分に楽しみながら誰も体験したことのない音を生み出し続けるに違いない。教師であってアーティスト、RAKASU PROJECT.はその活動から一時も目が離せない音の総合芸術家である。【撮影者:上島覚英、CUBE(K5)、saya、DAA事務局、姚遠】

1986年
・LP「Demo-Tape1」(NHK-FMサウンドストリートでの公募作品集。坂本龍一・矢野顕子プロデュース)に作品採用、MIDIレコードよりリリースされる

1993年 
・第3回テクノアート大賞(東京国際美術館・T-BRAIN CLUB主催)MIDI部門入賞、作品展示

2000年
・国民文化祭・ひろしま2000「メディアアート展」パネルディスカッションにて、明和電機・竹中ナミ・千葉麗子とともにパネリストとして出演。特設ステージにて2日間にわたり電子音響音楽ソロライブ。

2005年
・坂本龍一トリビュートアルバム「Music Plans」参加、発売記念ライブ出演
・昭和40年会(会田誠・有馬純寿・大岩オスカール幸男・小沢剛・土佐正道・パルコキノシタ・松蔭浩之)40×40プロジェクト「七人も侍」展(広島市現代美術館) ライブ・パフォーマンス参加

2006年
・ドークボットTΩKYΩ in 日本科学未来館プレゼンターとして出演
・AppleStore心斎橋「MAX/MSP/Jitterで創る音楽と映像 」ミニライブ出演

2007年
・NOTE JAPAN主催『雅楽の小宇宙』公演にて雅楽楽器とコンピュータのための作品発表
・CCMC2007(東京日仏学院)にて電子音響音楽作品発表
・慶応義塾大学SFC研究所主催Digital Art Awards 2007特別講演

「RAKASU PROJECT.」公式サイト http://homepage.mac.com/rakasu/Sites/RPHP/

 
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