2012年7月8日特別増刊(第53号) | SINCE2000.7.8









































川端康成は「美の存在と発見」の末尾に、「美の存在と発見の幸福を感じた」と述べている。だが踊絵師の神田サオリは言う。「私が大好きなことは、生きている中見つけたキラキラした美しさを、自分ひとりじゃなくて『一緒に感じあう』こと。」

「踊絵師」とは、舞い踊りながら絵を描く絵師のことである。描きあげた絵画によって表現するだけではなく、絵を描く過程の舞い踊るような身体言語によってもエネルギーを表現する。この二つの視覚的なチカラが重なり合い融合して共振を生み、その場にいる一人一人に伝えることで、皆で感じあう空間を作り出す。それが、神田サオリがこの独自の活動を始めた目的だった。生命の中に存在する美を感じ取り、表現し、外に伝え、他人と分かち合う――これこそ、神田サオリの美学なのである。

神田サオリが最も好きなイメージは花である。白い牡丹、ピンクの蓮、そしてブルーやグリーンや墨の色の抽象的意味を帯びた花たちが、絵筆から画布の上に精緻に鮮やかに流れ出し、神田サオリ独特の図案になっていく。

いつも音楽の中で絵を描いている。ジャンルは関係無い。その時の心にぴったり合って共鳴できる、あるいは心を揺さぶったり、くさびのようにある情感を魂に打ち込んできたりするものであれば、彼女は全身でその旋律に浸り込み、音楽を内面化して自分のエネルギーに変えることができる。そして生まれたエネルギーを胸の中に集めて、音楽と共に舞い踊る身体を通して、吹き出すように流れるように、絵筆からキャンバスへと伝えていく。それはまるでエネルギーを蓄えた電流が筆先を通してキャンバスの上に広がり、華麗な、あるいは静かな、あるいは艶やかな画面に変化していくが如くである。事前の計画も構想もなく、音楽が始まった時に頭の中に自然に色彩や筆触が浮かんでくる。それは筆で絵を描くと言うより、筆とキャンバスを媒介として音楽の中から得たエネルギーを具現化して展開していると言った方がいいだろう。

音楽の力が胸の中に湧き出し、胸から全身へと広がる様子は、一つの花のつぼみが一瞬のうちにほころんで、あっという間に花びらを開いて雌しべ雄しべを見せ、生き生きとした花として咲くのと同じである。神田サオリは言う。「花が開くその過程そのものが、本当に美しいと思うんです。」音楽の中で身体が踊りたいという欲望によって動き出した時、鮮やかな花が一つ一つ画布の上でほころび、音楽のリズムに満たされた「神田サオリ」流の特徴に溢れた花が生まれていく。

花、森、山、川、龍、雲、満月などのイメージが、様々な音楽に合わせて情感と共に神田サオリの心に浮かび上がり、それが全身を満たして筆先から溢れ出し、音楽と共に視覚と聴覚の二つの感覚を通して伝えられ、その場に居るすべての人が動かされる磁場のような空間を創り出す。神田サオリのブログの名前「SAORI’An」(サオリ庵)が示すように、神田サオリの願いは絵を描くことで「場」が生まれ「出逢い」が生まれることなのである。

神田サオリは水と森の音が好きだ。水も森も、彼女の心を静かで柔らかなものにしてくれる。力というものは強くたくましいとは限らず、稲妻のように速く黒雲のように重厚である必要もない。朝露の持つ霊性と活力、梢を風が吹き渡る時の葉ずれの音とちらちらと揺らめく陽光。こうした静かな存在は忘れられがちだが、それらの中には魂を癒し、励ましてくれる力が込められている。

森の奥深くに小さな村があり、そこにはいくつかの小さな家がぽつぽつと建っている。毎朝太陽から木々の葉を通して細かな光が降り注ぎ、小鳥たちは踊りながらさえずり、何か知らない小動物が落ち葉を踏む音が聞こえてくる。こんな童話の書き出しのような情景が、とある森の中に存在する。

この森の奥に純粋なまま隠された桃源郷に、神田サオリがアトリエとして使う小さな山小屋がある。神田サオリはここで雑踏から遠く離れて、心静かに創作を行うことができる。彼女は森の朝陽も夕陽も、樹木の下から見る月光も大好きである。梢を渡る風の細やかな音も、ざわざわとした音も、雨の降るぽつぽつという音も、ざあざあという音も好きである。

雨も月も風も鳥も自然界にもともとある存在で、自然本来のエネルギーを含んでおり、神田サオリの心に沁み込み、彼女の魂を豊かにしてくれる。こうしたすべての力がイメージとなって、彼女の筆から流れ出し、それが具象的な花や鳥であっても、抽象的な線であっても、すべてが神田サオリの心と自然の共鳴を示しており、見る者は心を静かにして彼女の繊細な情感と世界観に触れると共に、自然界の純粋な洗礼を受けるのである。

心には色がある。心に影響を与える音楽、風景、出逢った人々にもそれぞれ色がある。音楽家にとってそれぞれの心が旋律であるのと同じように、絵筆をとる神田サオリにとっては、すべての情感がそれぞれの色調を持っているのだ。

2010年、岡山で、神田サオリはインドから来日したBAUL(バウル/吟遊詩人)と出会った。彼らは歌によって人生の喜びを祈っている。彼らの音楽に感動し、その歌声の中で力強く舞い上がる鳥の神を描いた。この出逢いが神田サオリの心に、インドへの扉を開いた。これが「縁」というものなのだろう。2011年1月、神田サオリはBAULの招きでインドの盛大な音楽祭に参加した。この経験によって彼女のインドに対する印象は大きく変わった。

川辺の空き地にシンプルな舞台と設備が作られ、各国から来た人々がにぎやかに川辺を行き来している。彼らはテントを建てて焚き火をしたり、横になったり坐ったり、歌ったり踊ったり、おしゃべりをしたりしている。人々は、音楽の中で食事をし、音楽の中で眠り、何をしても、誰と話していても、すべてが音楽の中である。人々は集まって歌ったり踊ったりし、全身で共感と喜びを表現し、音楽の中から魂のエネルギーを得ている。

インドの色は青だと彼女は言う。青いのは空であり、海であり、広々として包容力がある。その祭の中で、神田サオリは花を描いた。踊る様に金色の紋様が画面を走った。光が、咲き乱れる花を、この静かで華やかな花を照らすようであった。インドを離れる時、バウルのリーダーは彼女に「SABITA」というインドの名前を贈った。これは日本語では「弁財天」に当たり、芸能を司る神である。神田サオリはこの名前を大切にして、作品が完成した時に、よく「SABITA」と自分の名前を一緒にサインする。心の中に「ありがとう」の気持ちが満ち充ちたとき、本当にいい絵が描けるのだと神田サオリは言う。

神田サオリは幼い頃から多くの国を転々とした。当時戦時下で物資が少なく、食べ物も充分ではなかったイラクで子ども時代を過ごしたのだ。貴重であるためにポッキーを一日一本しか食べられなかったし、絵を描く時も表に文字が入っている電報の紙を使っていた子ども時代も、彼女の記憶の中では楽しみに満ちている。今後最も絵を描きに行ってみたい国はどこかと聞かれて、彼女は第二の故郷であるアラブ諸国に行って、砂漠や当時の日本人学校を見て、あの頃の生活を思い出したいと言う。

これは、生活に対して大きな愛情を抱いていてこそ言える答であろう。日々の暮らしを心から愛しているから、どんなものも正面から見たり考えたりできるのだ。「物事のいいところを探すのが得意」と、神田サオリは言う。「アラブは美しい。アラブだけでなく、すべての国、そして日本にも美しいものが沢山ある。私はいつもこのことを忘れないようにしています。」と彼女は言う。

神田サオリは、台湾への旅のことを思い出す。もともと大規模な屋外ライブをする予定だったが、ちょうど台風が来てしまったので、風景の美しい野外公園をあきらめて室内で行うしかなくなった。スタッフたちは緊急の事態に忙しくて休む暇もなく疲れていたが、彼女に対しては暖かい笑顔を見せてくれ、彼女はそのことにとても感動し、心から感謝の気持ちが湧いたと言う。「みんな大好き!」ライブの時、このような気持ちによって神田サオリの心からは満開の花が生まれ、音楽と絵筆の下で花びらは次々に開いていった。まるで天の意志のように、ちょうどライブが終わった時、台風はすでに去っており、会場の外に出ると雲が切れて太陽が現れていた。まるで画布の上に花が咲いたように、明るく温かい情景だった。

人との交流や人との出逢いを重視する神田サオリは、このように言う。出逢った人と「一緒にうれしい!」っと感じあえるように、自分のエネルギーを絵画と舞踊の形で表現している。また、みんなの情熱に触れることが自分に大きなパワーを与え、更にエネルギーが湧いてくる。音楽を尊敬している彼女は言う。神田サオリは踊絵師であり、音楽は彼女にとって欠かすことのできない創作と生活の伴侶なのである。異なる音楽の背後には、異なる文化のバックグラウンドがあり、異なる情緒や情感を引き起こすことができる。一人のミュージシャンとの出逢いが、人生の重大な扉を開くかもしれず、観念を転換してくれるかもしれない。まさにこうした出逢いや縁を重視することが、神田サオリらしさである。


2011年3月11日、14時46分。世界を震撼させた東日本大震災。無数の人々が家族や家庭をなくし、命をなくした人もいる。さらに原発事故が起こり、この世の終わりのような恐ろしい状況になった。今回の巨大な災害を、神田サオリは心に深く受け止めた。彼女が「ELLE」中国語版で書いていたように、「命がある限り全力で生きていきたい。」

踊絵師は、美術と舞踊を結合したアーティストである。神田サオリにとって、絵は絵筆で「描く」ものではなく、人生の経験、愛しい気持ち、出逢いの喜びを融合して「誕生する」ものである。踊絵師の絵は生命の表現である。「大切なのは、人生の中、縁あって出逢った人と活き活き生きることです。」神田サオリはこのように語った。(取材:姚遠・李薊、執筆:李薊)

ライブペイント出演

2004年 NYC [Designers&Agents]、
2005年 EDWIN展示会
2006年 shuuemura makeup show
2009年 TOYOTA Lexus RX新車発表会
2009年 沖縄県立美術館
2010年 Alfa Romeo [MiTo]CM
2010年 瀬戸内国際芸術祭
2010年 フランス大使館[Noman's Land]、
2010年  VIVIENNE TAM 新作展示会
2011年 インド西ベンガル祭[ BAUL/Jai Dev Mela ]
2012年 六本木アートナイト ミッドタウンプログラムオープニング
2012年  Canon 5D MarkVSumple Movie 出演&アートワーク担当

ファッション分野とのコラボレーション

2005年 gold sign[ by Adriano Goldschmied ]カットソーデザイン
2008年 ウルフルズ舞台衣装(ウルフルケイスケ氏のテンガロンハットにペイント)
2010年  VIVIENNE TAMよりオリジナルドレスをリリース(VOGUE NIGHT2010にて発表)

個展

2007年 Beams B-gallary
2009年 青山 新生堂画廊
2009年 渋谷西武百貨店プラチナサロン
2011-2012年 香港RED SQUARE GALLERY

過去にコラボレーションしたアーティスト

東儀秀樹(雅楽奏者)
音楽のちから(東京フィルハーモニー弦楽カルテット)
Makyo( dakini records)
BAUL( インド西ベンガル音楽家)
秋田慎治( ピアニスト)
林明日香( 歌手)
三上ちさこ(歌手)
Kazumasa Hashimoto(音楽家)
藤原道山( 尺八奏者)
一ノ瀬響( 音楽家)


 「青い鳥」を探して 
――描くの、スキという情熱――

神田サオリ 公式サイト SAORI'An http://www.saorian.com
神田サオリ ブログ つれづれことの葉 http://saorian.blog52.fc2.com/
神田サオリ Facebook http://www.facebook.com/saori.kanda.756
神田サオリ Twitter http://twitter.com/#!/SAORI_An
神田サオリ YouTube http://www.youtube.com/user/urumimi75
 
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